趣味
0.アマチュア無線(14歳〜17歳)
14歳、通販でテキストを購入し独学。学校の勉強そっちのけで猛勉強。
学校サボって電車で3時間、広島まで行って国家試験を受験するも不合格。
翌年(中3)、担任に断って学校休み受験。合格。免許取得。
無線機は高くて買えず、金箔の菊の紋章入りの免許証は唯の宝物に。
高校に入学したら電子部(無線クラブ)があったので入部するも、
無線機の製作をするでもなく、ただ交信するだけで詰まらなく退部。
1.登山(18歳〜現在)
登山は誰かの影響で始めたわけではない。
他の子たちが神社や寺の境内で遊んでいる時、裏山に一人登って景色を眺めていたような普通でない子だった。
その延長だと思う。最初は隣県の大山(だいせん)。徐々に全国の山や海外の山に登るようになっていった。
大学在学中は猛烈に山を歩いた。働き始めて深田久弥の百名山を知り退職までに全部登ろうと思った。
60歳で百名山完登を達成した。私としては所帯を持ち働きながら達成した事に意義があると思っている。
百名山は暇と金と体力さえあれば誰でも達成できる。学生時代や退職後に達成する人は多い。
奥穂岳頂上
後方は八ケ岳の中岳と阿弥陀岳

2.鉄道(4歳〜現在)

狭義の「鉄道」とは「2本の鉄レール上を車両が自力で走り遊びでなく人や物を運ぶ構造物」が私の解釈。
なお広義では、モノレールやケーブルカーや遊園地の鉄道も含まれる。
モノレールは沖縄都市モノレールが一部区間未乗。
ケーブルカーは西日本に未乗の3線が残っている。
遊園地の鉄道の完乗は私の老後の(私が元気で孫が付き合ってくれる間の期限付き)最終目標である。
3.旅(18歳〜現在)
4.クラシック音楽鑑賞(12歳〜現在)
5.バイオリン(53歳〜現在)・チェロ(57歳〜現在)・ビオラ(62歳〜現在)・フルート(20代の頃と63歳〜現在)



6.油絵(53歳〜現在)
7.料理(10歳〜現在)
8.街の散歩(50歳〜現在)
9.数学(高校時代〜40代前半)
10.バイク(34歳〜42歳)

11.真空管アンプの製作・愛用(61歳〜現在)
自作アンプ1号機
自作アンプ3号機
真空管ラジオの収集・修理・愛用(65歳〜現在)
修理したラジオたち(1)
修理したラジオたち(2)
12.オーディオ(61歳〜現在)

主にクラシックとジャズを聴いています
LP約200枚、CD約500枚、カセットテープ約100本所有していますが
6〜7割がリサイクルショップやネットオークションで購入した中古品です。
我がオーディオルームの機器たち
広島県尾道市にて出生 (1956/6/5)。
1956年6月5日に生まれたらしい。
生きるために時には阿呆になろうと・・・
向島から渡船と尾道市街
尾道市街と尾道水道大泉文華幼稚園卒園 (1963/3)。
私は幼稚園卒業まで父の仕事の関係で東京都練馬区大泉学園に住んでいた。
私が両親と一緒に暮らしていたのはその頃までだった。
文華幼稚園
この頃から既に集団行動が苦手で度々幼稚園を門の柵を越えて脱出していた。
東京都練馬区石神井の画家佐藤氏宅に預けられる(1963/8)。
佐藤氏宅から岡山県笠岡市の祖父母に預けられる(1964/3)。
古城山から笠岡旧市街を望む
笠岡市立笠岡小学校卒業(1969)。
笠岡小学校
笠岡市立笠岡西中学校入学 (1969)、新聞配達始める。
この頃まで将来の夢は蒸気機関車の機関士だった。
しかし、この頃全国でSLは消えつつあった。
そして、SLの機関士にはもう成れないのだと気付く。
アマチュア無線国家試験電話級に合格(1971)。
この頃家に帰るとラジオの組み立てに夢中だった。
中学卒業。出自が普通でなかったせいか普通であるのを好まない性格は続き、
普通の高校には行く気がせず周りの不満反対を押し切って迷わず工業高校に進学。電気科入学 (1972)。
中3の担任先生が国立津山高専を強く勧めてくれて願書まで取り寄せてくれたのを今も感謝している。
家庭環境や経済状況を考えると家を離れて寮生活を送る事は無理であった。
笠岡工業高校
コンピュータ(富士通FACOM770)との運命的な出会い。(1973)。
放課後はコンピュータ室に篭ってプログラミングに熱中していた。
小さい頃から憧れていた鉄道員への就職は止めた。高校卒業。(1975)。
社会のレールに乗って就職・進学することに疑問を持ち始めた。
耐えられなくなり21歳の時「現状から脱出」した。未知の世界に旅立った。
長野県茅野市の

白樺湖ユースホステルで働く(1978/1〜)。
大阪府八尾市に住み、難波駅の南海パーラーで働く(1978/9〜)。
北海道白老町の白老ユースホステルで働く(1978/12〜)。
長野県美ヶ原の山小屋で働く(1979/6〜)。

美ヶ原ハイランドロッジ(後方は北アルプス)
松本市内のサウナに住み込みでコック(1979/12)。
東京都練馬区に引越し(1980/3)。受験勉強をしながら新聞配達・クリーニング工場・小田急のデパ地下で働く。
東京理科大学入学(24歳・1981)。
東京理科大(飯田橋:神楽坂キャンパス)
大学では1年間だけ山岳部に所属した。講義は休まず受講した。
大学に通っていた5年間の間にアルバイトした仕事:
大学1年:「立石電機技術サービス」で駅の切符の自動販売機の点検修理助手。
大学1〜2年:「日本マトリックス」で新聞の活字の母型の彫刻作業。
母型彫刻の機械
機械の前で
この頃、新聞は活字からコンピュータ製版に移行、出勤しても仕事が無い日が多くなった。
大学2〜3年:「日本文書保存」で企業や研究所の資料等の製本作業。
大学3年:「速報印刷」で某予備校のテキストなどの印刷作業。
大学3〜4年:「和光堂製本所」で雑誌や教科書の製本作業。
大学4年:「大日本印刷市谷工場」で日雇いの夜勤。教員の辞令受令日前日の朝まで働いた。
その他に「日本女子大学生協」や「東京ステーションホテル」のレストラン。
大泉第二中学校で教育実習(1985)。
廊下で生徒に突然撮られた写真
製本所でのアルバイト時代、2週間の休暇を頂いて
教育実習に参加した。いろいろな経験をしてみたいという
やや曖昧な目的ではあったが、この期間中に教師を決心。
中学が荒れていると言われた時代。でも、生徒たちは屈託
なく、休憩時間に廊下で生徒に「激写」(上の写真)されたり
大学4年で就職活動、29歳で応募できる企業は無く。
唯一29歳でも応募可能だった静岡県の私立の養護学校を就職課に申し込んだら、県立高校を勧められ
教員採用試験を受けることに。なぜか受かってしまった(正式には「採用名簿に登載」されたと言う)。
自分が教員に向いているとは思ったことは無かったが、面白そうな仕事だとは思えた。
東京理科大学卒業(29歳・1986)。
大学は留年して5年掛かったが入学準備から卒業まで生活費も学費も全て自分で賄った。
育英会の奨学金にも手をつけなかった。卒業後そのまま返金するつもりでいたが返金不要になった。
高校の教職に就く(1986)。
韓国を一人旅、ソラク山登頂(1986夏)。
中国を一人旅(1987冬)。
タイと西ヨーロッパを一人旅(1988夏)、Castor(4228m)とMench(4107m)に登頂。


台湾を一人旅(1989夏)。
中国を一人旅、峨眉山登頂(1989冬)。
アメリカ合衆国中部西部を一人旅、パイクス登頂(1990夏)。

ソルトレイクシティーの駅で(車はレンタカー"ポンティアック")
ネパールを仲間と旅、ヒマラヤ山麓をトレッキング(1990冬)。
ニュージーランド南島を一人旅(1991冬・現地は夏)。
インド中部とタイ北部南部を一人旅(1992冬)。
アメリカ合衆国中部を一人旅、ロングスとエヴァンスに登頂(1993夏)。
アメリカ合衆国中部東部を一人旅(1993冬)。
結婚(1994)。
東京理科大学理学専攻科入学(1994)。
結婚間もない頃に仕事から帰宅後すぐに飯田橋まで通学し夜11時に帰宅する生活となり妻には申し訳なかった。
ちなみに同じ頃、音大出身の妻も小学校教員免許取得のため大学在学中だったのでまるで学生結婚の様だった。
娘誕生(1995)。
専攻科修了(1995)
数学検定1級に合格(1995)
情報処理技術者国家試験"第二種"に合格(1997)。
情報処理技術者国家試験"初級システムアドミニストレータ"に合格(1997)。
情報処理技術者国家試験"第一種"に合格(1998)。合格率11%
情報処理技術者国家試験"プロダクションエンジニア"に合格(1999)。
合格率3%
情報処理技術者国家試験"ソフトウエア開発"に合格(2002)。
元国鉄(現JR・三セク)の鉄道線・連絡船を全線完乗達成(2012)
深田久弥選「日本百名山」の全山登頂達成(2016)


31年勤務した仕事を定年退職(2017/3/31:60歳)
村営白馬岳頂上宿舎でアルバイト(2018夏:62歳)
私鉄(JR・三セクと合わせ国内の鉄道)を全線完乗達成(2018/11/8)
孫誕生(2019)。
孫誕生(2024)。
内田百閨$助M「第一阿房列車」など
黒井千次=小説「春の道標」,「黄金の樹」など
串田孫一=随筆「山の断想」、「山のパンセ」など
宮脇俊三=紀行文「時刻表2万キロ」、「最長片道切符の旅」など
素九鬼子=小説「旅の重さ」,「パーマネントブルー」,「大地の子守歌」など
小檜山博=小説「地の音」,随筆「人生という旅」など
村上春樹=小説「ノルウェイの森」,「1Q84」,「騎士団長殺し」など
宮本輝=小説「泥の河」など
道尾秀介=小説「球体の蛇」,「月と蟹」など
有川浩=小説「植物図鑑」、「阪急電車」など
モンゴメリ=小説「赤毛のアン」
ドクトル・ユゴー=小説「レ・ミゼラブル」
シャーロット・ブロンテ=小説「ジェーン・エア」
カズオ・イシグロ=小説「クララとお日さま」、「わたしを離さないで」など
ダニエル・キイス=小説「アルジャーノンに花束を」など
トリイ・ヘイデン=ノンフィクション「シーラという子」など
エマ・ドナヒュー=小説「部屋」
R・J・パラシオ=小説「ワンダー」など
好きな俳優(子役)は、甘利はるな=映画「コドモノコドモ」、映画「ブタのいた教室」。
好きな女優は、高畑充希=映画「植物図鑑」、TVドラマ「過保護のカホコ」、宮崎あおい=映画「初恋」。
好きだった若き頃の女優は、吉永小百合=映画「愛と死をみつめて」など、秋吉久美子=映画「妹」など、原田美枝子=映画「大地の子守唄」、高橋洋子=「旅の重さ」。
好きだった男優は、高倉健=映画「遥かなる山の呼び声」など、渥美清=映画「男はつらいよ」など。
好きなヴァイオリストは、Giuliano Carmignola(伊)=ベニス・バロック・オーケストラのソリスト。
好きなチェリストは、Yo・Yo Ma(米国籍中国人)=私より8ヶ月先に生まれた。



2歳





